「水源地の森」環境調査
「吉野川源流-水源地の森」の環境調査がはじまりました
 吉野川・紀の川の源流にたたずみ、500年以上も昔から私達の生命に欠かせない「水」を育み続けてくれている森があります。長い間人の手が入らずに自然本来の姿のまま残されてきた貴重なこの森は、現在、川上村が購入・保全しており、管理は「森と水の源流館」が行っています。
 川上村三之公にある「水源地の森」は、生きた化石植物と言われ、紀伊半島と四国の一部にしか自生していないトガサワラをはじめとして、ブナ、モミ、ツガなど多様な植生を現在まで保っています。今までこの森の植生などについて本格的な調査はされておらず、その営みはベールに包まれたままでした。
 「森と水の源流館」が行う調査は、この森に生育・生息する動植物の現況を把握することと、その結果や中間報告をホームページなどで公開することで、この森の価値を広く知ってもらうことで、保全を進めようという目的があります。
専門家の方々の中間報告
「水源地の森」でナガレヒキガエルを発見! (2003年6月19日)
辻 広志 (梅花女子大学 人間科学科 講師)
 ナガレヒキガエルは近畿地方の山間渓流を代表する両生類で、奈良県大台ケ原産の標本に基づいて、1976年に京都大学の松井正文博士によって新種として記載されました。
 今年の5月初旬の調査で、吉野川源流の「水源地の森」にもナガレヒキガエルが生息することを初めて確認しました。発見されたのはメスの幼体のみで、三之公川支流のキノコマタ谷とウマノクラ谷で2個体ずつ、どの個体も川岸の岩の上にいました。体長(頭胴長)は9.0~10.1cm、体重は62~94gで、来年もしくは再来年、繁殖に参加すると思われます(ほぼ同じ標高の三重県の調査地では、繁殖メスの最小個体は11.5cmでした)。体色のパターンはさまざまで、顔に鮮やかな赤い斑紋のある個体、全身が赤褐色の個体など、1匹1匹異なっていました。
 今回は残念ながら産卵場所を発見することはできませんでしたが、大台ケ原の産卵場所のように、淵のかなり深い水底の岩の下に産卵している可能性が高いようです。潜水で確かめるか、あるいは孵化した幼生の分布から産卵場所を推測するしかありません。産卵場所の特定が今後の課題です。このナガレヒキガエルの研究を通じて、「水源地の森」の生態系のしくみの解明と環境の保全に貢献できればと願っています。
ナガレヒキガエル
 このヒキガエルは渓流の流水中で繁殖活動を行うという点で、世界中に200種以上いるヒキガエルの中で、大変ユニークな存在です。止水繁殖性のニホンヒキガエルと比較して、鼓膜が不明瞭で、四肢が長く、後足の水かきが発達しており、体色変異が著しいのが特徴です。卵や幼生は流水中で発育し、幼体や成体は川沿いの岸辺や森の中で生活することから、きれいな水と豊かな森を併せ持つ健全な山間渓流環境の指標生物といえます。
両生・爬虫類調査レポート
西川 完途 (京都大学大学院 人間・環境学研究科 助手 ※調査当時)
 私は両生・爬虫類相の調査を担当させていただいたので、キノコ股沿いの登山道を歩いて、道の終点から沢沿いを踏査しました。ほとんど斧が入っていない森というだけあって、一面に苔むした沢筋が多く、トガサワラや尾根筋近くにはブナの巨木が林立し、近畿ではほとんど見られなくなってきている原生林が広範囲に残されていることが分かりました。おそらく調査が進むにつれ、これまでに分布報告のない種も見つかることだと思われます。今回の調査でも、 ナガレタゴガエルやモリアオガエルなど紀伊半島では記録の少ない種を確認することができました。川上村はオオダイガハラサンショウウオを種指定の保護対象としていますが、村内では本種の好適な環境が激減してきていると思われます。しかし、三之公では前述のような素晴らしい環境が残されているため、いまだ多く生息していることも今回確認することができました。今後も機会あれば調査を続けていきたいと考えています。
「吉野川源流-水源地の森」の両生類調査報告
「吉野川源流-水源地の森」で2目5科10種の両生類を確認 (2009年8月9日)
(株)環境総合テクノス
 水源地の森にどのような両生類が生息しているのでしょうか?両生類が生息するには水陸両方が必要です。そのため、環境の変化に敏感な生物です。2002年12月~2003年11月、2007年5月~2008年11月の調査では2目5科10種の両生類が確認されました。
調査発表資料はこちらよりダウンロードできます⇒(2.3MB)
「吉野川源流-水源地の森」の哺乳類調査報告
(2017年3月)
調査概要はこちらよりダウンロードできます⇒(1.4MB)
令和2年度「吉野川源流-水源地の森」保全事業に関する環境調査速報
(2021年2月)
 今年度は両生類の調査を行いました。早春の調査ではオオダイガハラサンショウウオ(奈良県天然記念物・奈良県レッドデータブック郷土種)、マホロバサンショウウオ(ブチサンショウウオとして奈良県レッドデータブック情報不足種)の生息を確認できました。
 マホロバサンショウウオは最近まで小型ブチサンショウウオとされていたものですが、2019年に琉球大学の富永篤さんらのグループにより、中部から紀伊半島に分布するものは新種マホロバサンショウウオとされました。
 オオダイガハラサンショウウオは生息地の奈良県、三重県、和歌山県ではいずれも天然記念物となっていますので、採集、販売、飼育は禁止されています。
 今回も見つかったことで、渓流環境と森林環境の両方が良好に保たれていることが示唆されました。一方で、シカの増加による下層植生の衰退も見られますので、引き続きのモニタリングが必要です。
吉野川源流―水源地の森 オオダイガハラサンショウウオ マホロバサンショウウオ
「吉野川源流-水源地の森」下層植生調査速報
(2021年2月)
 2006年度より、吉野川源流-水源地の森に設置している20m×20mのシカの食害から植物を守る4か所の防鹿柵の内外で下層植生をしらべました。今年度は夏季(6月20、21日)、秋季(10月3、4日)に実施しました。柵内外での違いは一目瞭然で、柵の外側では林床にほとんど何も生えていないか、毒草やシカの嫌う植物のみなのに対し、柵の中は歩くのが大変なほど多種多様な植物におおわれています。
 台風などで倒木が発生すると、防鹿柵も巻き添えで壊れることもあります。そうするとあっという間にシカに植物が食べつくされます。今回はそのような破損個所の修繕も行いました。
 6月の調査では、菌従属栄養植物(自分で栄養をつくらずに、他の植物と共生関係にある菌類とのネットワークに侵入し、菌から栄養をもらいつつ共生を図る植物)として知られるトサノクロムヨウランの開花が見られました。これまでも発見していましたが、つぼみのまま腐ってしまうことが多く、花が咲いているのは珍しい記録です。そのほか尾根部の池でシュレーゲルアオガエルの卵塊が見つかりました。
防鹿柵の内(左)外(右)の様子 防鹿柵の修理 トサノクロムヨウランの花 シュレーゲルアオガエルの卵塊